イチローとイニエスタから学ぶ「超一流」とは?

街頭インタビューで、誰かに「石井康友を知っていますか?」と尋ねると、100人中100人が知らないでしょう。

でも、「イチローを知っていますか?」と尋ねると、100中95人は知っているでしょう。

天と地ほどの差がある関係ですが、今回はそんなイチローについて「物申して」みたいと思います。(いや、別にイチローじゃなくてもよかったのですが、みんながわかりやすい例がイチローだと思ったのです。ちなみに僕はイチローの大ファンです!)

 

イチローのこだわりはハンパない!?

この動画を見ると、練習内容や集中力の高め方など、イチローのこだわりがものすごくよくわかります。特に道具への想いがすごいですね!

このこだわりこそが、あれほどの偉大な記録を達成したイチローたる所以なのでしょう。こだわりと書くとあまりいいイメージがしないので、「流儀」という言葉を使いますが、この流儀を徹底的に貫く、信じるところに、イチローの凄さがあると思います。本当にカッコいいプロフェッショナルです。

こんなカッコよく、パーフェクトなイチロー、こんな人にいったい何を物申すのでしょうか?

それは…

イチローを見ると、こう思うのです。

ものにこだわる人が一流なのかな

きっとイチローだけではないでしょう。

一流と呼ばれる人は、きっとこだわりのものがあるはずです。

サッカー選手なら「スパイク」。

美術のアーティストなら「筆」。

ビジネスマンなら「手帳」。

などなど…

そういう僕だってサッカーのスパイクは「ディアドラ」というこだわりがあります。

一流にこだわりは大切なファクターなのです。

 

もし、イチローがものにこだわらなかったら…

もし、ですよ。

イチローがここまでものにこだわらない人だったら、どうなっていたのか?

平凡なプレーヤーで終わったのか?

僕は、

それでもイチローはすごかっただろう

と考えます。

なぜなら、一流はものにこだわるという性格の全くの反対で、

ものにこだわらなくてもすごいのが一流

という仮説も僕の中にはずっとずっとあったからです。

例えば、サッカーのスーパープレイヤー「イニエスタ」。

バルセロナという最強の環境をやめて、日本のJリーグに来ました。

もの、クラブ、仲間、すべてのレベルが落ちたと思います。

それでも彼のプレーは、やはり一流なのです。

だからイチローだって、ものにこだわらずとも一流だったと思うのです。

いや〜まったくどっちなのでしょう?

ものにこだわるのが一流? それとも、ものこだわらないのが一流?

イチローとイニエスタよ、僕はどうすればよいのだろうか?笑

 

その先の超一流まで飛躍してみた…

こう考えてみた。

ものにこだわるのが一流、ものにこだわらないのが超一流

なかなか説得力のある考えではないだろうか?笑

でも、そうなるとイチローの格が下がってしまうな…

え〜い、こう考えたらどうだ!

ものにこだわらないのが一流、ものにこだわるのが超一流

一流はものにこだわらずとも高いレベルでパフォーマンスができる。ただし、その先のコンマ何ミリの差まで追求するなら、やはりものにこだわる必要がある。これこそが超一流だ。

おぉ! けっこういいんじゃない!笑

 

結論!

最後の定義はなかなかしっくりくるものでした!(個人的にね!)

でも、正直それはイチローやイニエスタだから見える境地で、僕なんかはその境地のしっぽすら見えない。

でも、無理はしなくていいや。君は君、僕は僕。

だからこれでいい。

こだわるところにはトコトンこだわって、こだわらないところにはトコトンこだわらない!

どもりに関して言えば、学級通信の音読や卒業証書の呼名は「本気で心からしゃべりたい!」という場面なので、トコトンこだわりたい。

でも、国語の音読程度なら全然気にしない! 僕より音読が上手い子に任せちゃう!笑

あらためて、超一流ってすごいですね!

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