個と環境の相互作用とは?

おそらくどもり・吃音において、「個と環境の相互作用」を知っているのと知らないのでは、生きやすさに雲泥の差が出てくると思います。

それほどの大切にしてほしい考え方です。

本投稿の対象は、どもりがある人たちですが、どもりがない人にとっても必ずプラスになると確信しています。

それでは説明します。

 

メガネもかつては障害だった!?

インクルーシブ教育を研究している友人にあることを教えてもらいました。

メガネが障害、つまり「視力が低い」ということはかつて障害だったのです。

確かに遥か昔は戦争の時代でした。戦いにおいて視力が低いということは、敵の攻撃が見えず致命的になります。戦争という時代において障害は大きな「枷(かせ)」だったのです。

しかし、今の時代はどうでしょうか?

家から一歩出て街を歩いてみてください。ほぼ100%と言っていいぐらい、メガネをかけている人に出会いますよね。

僕の学校でも先生や子どもたちの中で、普通にメガネをかけている人がいます。

今の時代は視力が低く、メガネをかけている人たちに対して障害がある、と感じる人はもういないのはないでしょうか。

 

今やメガネはファッションの一部!?

パラリンピックを観戦すると、義手・義足をつけている選手がいます。

彼ら彼女らは、身体に不自由があるため、それを補う道具を身につけています。

メガネもそうですよね。

視力に不自由があるためそれをカバーする道具がメガネなのです。メガネによって日常生活が過ごしやすくなっています。

でも、そのメガネはもはや日常生活の最低限度を上げる道具から、ファッションの1つとしても使用されています。また、レンズのない「伊達メガネ」というファッションのみに特化した道具も生まれています。

そう、

もともとは障害者用の道具が、障害を抱えていない人たちの生活までも変えていったのです。

これって素晴らしいデザインだと思いませんか!?

もっと言ってしまえば、その後コンタクトが発明され、最先端の技術では、そのコンタクトにコンピューターを埋め込もう、とまでしているのです。

スマートコンタクト

繰り返しますが、もともとは障害者のための道具がここまで進化したのです。

ちなみにメガネに限らず、「車椅子」も今やこんなに進化しています。

whill

 

メガネは社会的に認知されている

ここで大切なのは、メガネをかけている人に対して、本人と周りの人の考え方です。

まず、本人はどうでしょうか?

確かに裸眼で見えづらい不自由さはありますが、メガネをかけること自体に抵抗はないと思います。つまり「気にしていない」ということです。

次に、周りの人はどうでしょうか?

冒頭にも触れましたが、今やメガネをかけている人がいる、ということは当たり前の世の中(環境)になっています。つまり、「周りの人も気にしていない」ということです。

「本人も周りの人も気にしていない」とき、そこに劣等感はありません。劣等感のない環境は、視力の低い人たちにとって生きやすい世の中になっていくのです。

つまり、障害は本人と周りの環境(人、時間、場所、物など)によって、生まれもすれば、消えてもいくのです。これが「個と環境の相互作用」です。

それでは、どもり・吃音はどうでしょうか?

 

どもり・吃音は見えづらい、わかりづらい、そして何よりも…

どもり・吃音だってそうです。

「個と環境の相互作用」、つまり本人と周りの環境によって、どもりを抱えていても生きやすい世の中になっていくはずです。

しかし、なぜそうならないのか?

それは残念ながら、メガネ、義手・義足、ダウン症等に比べて、

どもり・吃音は見えづらい、わかりづらいのです。

そして、何よりも…

どもり・吃音を知らない人が多いのです。

僕が担当しているクラスの子どもたちはある意味ラッキーです。なぜなら「どもり・吃音というのはこういうものなのだ」ということを僕を通して知ることができるからです。

しかし、普段の生活の中でどもりのある人に出会うことはなかなかありません。

メディアでもそうですよね。

メガネをかけている芸能人がテレビに出てきたら、一発で「メガネだ」とわかります。

義足のスポーツ選手がテレビに出てきたら、一発で「義足だ」とわかります。

ダウン症の人がテレビに出てきたら、一発で「ダウン症だ」とわかります。

でも、どもり・吃音がある人がテレビに出てきても、一発で「どもりだ」とわかる人はいないでしょう。言葉を発してはじめてわかります。いや、言葉を発しても「テレビだから緊張しているのね」で終わる可能性があります。

だから僕の究極のミッションは芸能人みたいにメディアに出て、テレビの前でガンガンどもってやりたいです! そうすればどもりをみんなが知ってくれます。そして、どもりに悩んでいる人も周りから「あぁ、あなたはテレビに出てる石井と同じなのね」となって、生きやすくなるのではないでしょうか!笑

とにかく、メディアというのは「完璧」を求める媒体なので、どもりながらしゃべるなんて、きっとタブーなのですね。

変・え・て・や・り・た・い!

 

どもりを抱えている人が周りの環境を変える手段はたった1つ!

どもり・吃音は見えづらい、わかりづらい、知られていない。

ではどうすればあなたのことを知ってもらえるのか?

それは簡単です。

でも勇気が入ります。

勇気を振り絞って、あることをすればあなたのどもりは気にならなくなり、生きやすくなります。

繰り返しますが、あなたの周りの人はどもり・吃音を知らないのです。

だから知らせてあげましょう。

知らせてあげられる人は誰ですか?

そう、

あなたしかいません!

つまり、

私にはどもり・吃音があります。

と、周りの人に言ってしまうのです!

そうすれば、周りの人はあなたのことを理解してくれます。そして気兼ねなく、どもることができます。

少しのからかいはあるかもしれませんが、ちゃんとわかってくれる人もいるので大丈夫です!

僕も新学期は子どもや保護者に自分がどもり・吃音があることを堂々と宣言してしまいます!

 

でも、わかります。

周りの人に「私はどもります」ということがどれだけ怖いのか。

僕だってそういう経験をしてきました。

しかし、そこは勇気を振り絞るところなんです。自分と闘うところなんです。

「個と環境の相互作用」とは、環境だけが変わってもダメなんです。

あなたも変わらなくてはならないのです。

よく、支援を要する子どもに対して、周りの大人は「かわいそう」「あなたは絶対に悪くない」と支援します。

それはそれで大切です。状況によってはそれが必要なときもあります。

でも、それだけではいつまでたっても、自分の足で歩くことはできません。

「あなたの苦労はわかるよ。でも、自分自身にできることはきちんと努力しなさい」

と、本人が自立・自律できるようにするのが本当の支援です。

だから、自分が何もしないでも周りの人がどもりをわかってくれる、なんてことは甘いのです。

やはりあなた自身も努力しなければならないのです。

そして、最後にプラスアルファを伝えます。

実はどもり・吃音なんて究極は関係ありません。

最後はやはり「人間性」なのです。

どもりながらでもいいです。あなたは学校や職場で「ありがとうございます」が言えていますか?

困っている人がいたら手伝ってあげていますか?

絶対に弱い者いじめはしないですか?

そんな姿が周りから認められれば、あなたのどもり・吃音の苦しみはきっと解消され、生きやすくなっていきますよ!

 

もし、ご相談があればお問い合わせフォームからお願いします!

この記事が少しでもあなたの役に立ってくれれば幸いです!

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