教育改革は◯◯主義で終わるのか!?

白状しますが、僕は頭がよくありません。

だから、僕の考えは「客観性」の欠片もありません。エビデンスもなし。主観です。

サイヤ人レベルでいうと、「スーパー主観3」といったところです。

そんな頭の悪い僕が何を言いたいのかというと、

今度の教育改革・学習指導要領改定などで、本当に教育がよくなるのか?

ということです。

上の言葉はそれなりに吟味しました。教育が「変わる」のではなく、教育が「よくなる」のか、という論点です。

教育を変えることなんて簡単です。

多分。

(自分の好き勝手やればいいからね!)

でも、教育をよくすることは難しい…

よね。

さてさて、少し歴史を振り返ります。

資本主義が生まれました。

資本主義の歪が出てきました。

社会主義が出てきました。

社会主義は最初うまくいきました。

しかし、次第に社会主義も歪が出てきました。

そして、再び資本主義が出てきました。

マルクスの資本論も、

マックス・ウェーバーのプロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神も、

ミルトン・フリードマンの資本主義と自由も、

ちゃんと読んだわけではありません。(内容が難しくてね…笑)

だから、本当の資本主義・社会主義とはなんぞや?を理解しているわけではありません。

まぁそんなこんなで、結局何が言いたいのかといいますと、

歴史は振り子のように繰り返す

ということです。

これは教育にも当てはまらないかい。

教育の歴史も振り子のように繰り返す

ということです。

工業モデルの一斉指導に対する、ナントカ教育、ナントカ化、ナントカメソッドなど。

これが今、なにか1つの「◯◯主義」になっていきそうで、ちょっと怖いのです。

もし、社会主義と同じならば、

最初はうまくいくのです。

しかし、少しずつ歪が生まれていきます。

その歪の発信源はきっと「人間の感情」。

「感情」は理論や常識を覆す最大の障壁です。

個別化・協働化など「教えない授業」での教師の感情を当ててみましょうか?

そう、なんだかんだ言って、教師は「教えたがり」なのです。

教えない授業がいいらしい、そんなのはわかっています。

子どもたち同士が学びあったほうがいいらしい、そんなものわかっています。

これらはもう、もしかしたらエビデンスもあるのかもしれませんね。

でも、教師になった以上、やっぱ職人のように教えたくなると思います。

あぁ教師の「サ・ガ」です。

ちなみに、今の僕はこんな状態です。なんというか、個別化とか協働化とか、飽きてきちゃいました。個別化とか協働化とか、理論的なところを噛み砕いて子どもや保護者に説明するのもけっこう疲れるのです。そんなのに囚われず、もっと自由で伸び伸びと仕事をしたい。

それで、今けっこう一斉授業にもハマっているのです。

手応え的には、国語は一斉授業がいい、算数は一斉と協働のミックスがいい、社会は一斉とプロジェクトのミックスがいい、といった感じですね。

なんか僕の実感としては、社会主義のようにナントカ・メソッドも一瞬の輝きで、すぐに消えてしまわないかと思うのです。

「いや、テクノロジーの進化で今回こそはとんでもない革命が起こるぞ!」という声もありますね。

それも正直楽しみです。

はい。

とにかく今は運動会の練習がものすごく楽しい!

こんな充実感久々だなぁ。

 

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プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神 (日経BPクラシックス)

資本主義と自由 (日経BPクラシックス)

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