3学期。今学ぶ意味とは?

つい先日、荻窪へ杉渕先生の講座へ参加しました。

あまり面識がないので大変失礼ですが、杉渕先生は僕が尊敬する先生です。

人間教育や上達論なども大切にする杉渕先生。大学までサッカー部に所属していた僕にとって、スポーツに通ずるものがあり、実践がスッと入ります。

僕の学びは読書9:講座1ぐらいの割合ですが、時々参加する講座はやはり刺激があって面白いです。

さて、ふと思うのですが、学校というのは「年度」というスパンがあり、今はもう1月後半です。

つまり、あと数ヶ月で今のクラスとはさらばをするわけです。

FBの投稿からも、「3学期はもうムダなあがきはするな」とも情報が流れます。(あまり僕は信用してませんが)

そう、

あと数ヶ月で終わっちまうクラスに「今、学んだことは何に生かせるのか」ということです

これから読む本、

これから参加する講座、

一体何の意味があるのでしょう。

 

ちなみに石井は、

これから読む本、

これから参加する講座は、

大変、意味があると思います

ただ、それには少し残酷でドライな思考が必要です。

と、思っています。

 

 

話はだいぶ前になり、前年度の春休み。

とてつもなく忙しい春休みでした。休みが取れたのは、たった1日の午後だけです。その貴重な春休み、放心状態で僕は四ツ谷駅から皇居、霞が関と超えて東京駅へ歩いていました。(マジです)

ただの散歩で終わった春休みです。

 

僕の生活的には一昨年のほうが忙しいはずです。

なぜなら、一昨年に僕は神奈川から東京へ引っ越してきたのですから。

学校の仕事だけでなく、市役所や免許センターなど、いろいろな手続きが面倒くさかったです。

それでも、「アカン、忙しいわ!」と思ったのは前年度でした。

まず、東京には「教育課程」というものを春休みに完成させなければなりません。神奈川にはありませんでした。

今は先生も少人数の学校なので、1人にかかる仕事量は多いです。

また、道徳や外国語の新設など、0からスタートする書類も多くて、まぁ大変でした。

今は臨時任用なので、本来は修了式あたりで「あばよ」となる契約なのですが、当然そんなことはできません。

正規採用の方と同じ量で仕事をしていました。

そして、やっと終わったぜ!と思っても、4月なんてすぐにやってきます。

またまた4月は怒涛のように忙しい。

会議が少し伸びるだけで、恐ろしいぐらい仕事がロスするぐらいです。

また、前の学校では新クラスの要録や健康の記録などの引き継ぎは「前年度」に「前担任」が仕分けていました。この時期ならば、子どもの顔や名前が一致していますし、まだ異動もないので比較的スムーズにできます。

しかし、今の学校は新年度に新クラスの書類の引き継ぎがあります。これですと、子どもの顔や名前はまだわからんですし、異動した先生もいて、さらにわからんことばかりになります。

もっと言えば、前の学校では新年度の教室配置を3月にやってしまいます。卒業式は修了式の一週間前ぐらいに終わっていますので、学校最終日は5年生を使って、教室配置をしてしまいます。在校生や異動する先生にとっては最終日の感動的な別れを演出できないかもしれませんが…(そんなことがあったため、修了式の前日に教室配置をやった年もありましたね。最終日に椅子と机がない子もいましたが笑)そして、始業式までは子どもと会うことはないので、春休み中に新クラスへ荷物を移動できます。

今の学校は卒業式が学校最終日になるため、前年度に教室配置はできません。そこで新年度に新6年生だけ集めて教室配置をするのです。このシステムの欠点は、新6年生に新クラスをバレてはいけないため、先生はまだ新クラスに荷物を持っていけないのです。新6年生が来るのは当然始業式間近です。先生は始業式間近になってバタバタ荷物を移動するのです。それまでに様々な書類が終わってりゃいいのですが、少しでも会議が延長すればアウトです。めでたく残業になります。

個人的には、前の学校のシステムのほうがいいような気がしますが、まぁそれはしょうがない。

慣れの問題もあるでしょう。

また、システムがわかれば戦略の立てようがあります。

 

それはそれで、とにかく今年度の春休みは忙しすぎて、新クラスの準備が全くできませんでした。

マジでやばかったです。

今の学校は着任式・始業式を校庭でやるのですが、雨が降ったら教室へ行きます。

今だから白状しますが、あまりに仕事がありすぎて荷物の移動までできませんでした。もし、雨が降って教室での着任式・始業式だったら、教室に何もない状態で子どもたちを迎えるところでした。

そして、1番の問題だったのは…

今年は「こんなクラスにしたい!」というビジョンが全く考えられなかった、ということです

 

実は今年度のスランプの原因、そんなの最初からわかっていたのです。

これが原因だったのです。

 

あまりの焦燥感に思考停止でした。

セーラームーンの歌詞に「♪思考回路はショート寸前」とありますが、僕の場合は寸前ではなく、完全にショートしてました。それも恋ではなく仕事で(笑)

2学期ぐらいから徐々に取り戻し、苦労の甲斐あって、3学期はなかなかいい感じです。

 

さて、ここまでで「2087文字」も前書きがあったのですが、結局何が言いたいのかといいますと…

新年度の準備は、新年度では間に合わない

ということです。

もちろん、神奈川のときはそんなことを感じてはいなかったので、赴任校によると思いますが、これからは「先生が足らない」状態に突入するかもしれないのです。

「先生が足らない」状態はマジでやばいです。

ちなみにどこかのお偉いさんは「先生を増やしても多忙は変わらない」と言ってますが、

僕の知り合いのA先生「先生が足らなくて忙しいの!」

僕の知り合いのB先生「先生が足らなくて忙しいわ!」

僕の知り合いのC先生「先生が足らなくて忙しいっす!」

と、こんなにも現場の先生はおっしゃっています。(まだまだいます。すべて別の学校ですよ)

どこかのお偉いさんに「バカか!お前は!」と言いたいぐらいです。

まぁそれはいいとして、今後はどの学校もこんな状態になる可能性があるのです。

前の学校は基本4クラスの規模が大きい学校でした。ですので、先生の人数も多かったです。しかし、それでも今は先生が足りなくて大変らしいです。(あぁ、体がもう一つあったら助けにいきたい…)

 

そんな時代の流れに対抗する術は…

今が勝負なのです

そう、

新年度の準備はもう始まっているのです!

今、僕らが本や講座で学んでいること、それは新年度も見据えて学ぶ意識を持っていかなければいけません。

もちろん、どの学校でも年間行事とかはもう来年度の予定を考えているところでしょう。

でも、それは学校単位。

学校単位だけではダメなのです。

「己」のことも考えなければいけないのです。

本や講座で学んでいることを「今」のクラスでやってみる。もちろん成功や失敗があります。その反応を見て、「新」クラスではこうしよう、と考えるのです

困難も長い目で見ればやはり成長するものです。

今年度の苦労はその瞬間は超しんどかったですが、今では新たなステージに行けてありがたい限りです。

「苦労くん」ありがとう。

どうせまた近いうちに会うと思うけど(笑)

 

さて、この考えの最大の欠点は、

「え? じゃあ今のクラスって来年度の実験台?」

となることです。

正直言います。

そうです。

来年度のクラスの実験台です。

今のクラスのよいところは、よりブラッシュアップし、悪いところは削っていくのです。

最初に言ったでしょう。

ただ、それには少し残酷でドライな思考が必要です。

と。

でも、それは表面的なところです。その表面的なところに文句を言ってくる輩がいるのです。

 

結果は違います。

例えば、僕が『学び合い』を実践したのは、教師3年目(5年生担任)のまさしく冬でした。

もちろん、次年度はよりブラッシュアップし、4月から『学び合い』でした。

でも、そのとき5年生だった子から、年賀状で「『学び合い』が楽しかったです!」ときました。

たった、数ヶ月の実践。それでも先生が学び、試行錯誤して、チャレンジする姿勢、それは子どもたちにも伝わるのではないのかと思うのです。

実験台(敢えて)である今のクラスにだって、その瞬間は「マイ最先端の実践」を授けるわけです。情熱を持ってです。そもそも実践は情熱を持っていなきゃダメです。情熱がなきゃ今のクラスだって、次のクラスだって意味はありません。

そう考えると、3学期は面白い時期です。

もちろん、無理をせず、平和に過ごしていく3学期も大切でしょう。

春休みにじっくり来年度の構想が練れるならそれもありです。

しかし、僕は違います。

今の学校のシステム・状況、これから先生が足らなくなるんじゃね、という時代背景から…

3学期もガンガンチャレンジしていきます!

という姿勢で行きたいのだ!

 

今朝、呼んでいたのは愛すべき英治出版の「Learn Better」。

今のクラス、次のクラスのために、たくさん学ぶぞい。

さぁ、これをどう生かしていこうかね。

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